2015年11月10日

井戸から汲み上げられたカエル、上水道に流されやがて大海へ

 太宰治の著作に、「自信の無さ」というエッセイがある。ご存じでない方は青空文庫で読めるので、このあとの文章を読む前に軽く目を通してほしい。短いので3分もあれば読める。

 読んだ?

 じゃあ、はじめます。

 自信と勝算、この二つを僕はほとんど信用していない。
 とはいえ、「自信がある」とか「勝算をつかんだ」などという言葉を使うことは多々ある。でもこれは僕の語彙が乏しいせいで他の適切な言葉に言い換えられないから使っているだけだし、そもそも「自信がある」ことと「自信があるから大丈夫」かどうかってのは全く別の問題である。
 ついでにもうひとつ、実は「技術」のこともあまり良くは思っていない。これはまあ、半分くらいは僻みのようなものに端を発しているけれど、自分にないものを闇雲に羨むよりは幾らかマシだとも思うのだ。技術は裏切らない、なんて言うけれどそれは嘘で、いや本当なんだけど、技術だけが幅をきかせる世界なんてこっちから願い下げで、「実力のあるやつが残る」とか、「強いやつが勝つ」とか、「正しいやつが正義」だとか、そんな当たり前すぎていっそマンネリ感すら漂うトートロジーを積極的に打ち砕いていきたい。いいだろ奇跡くらい信じさせてくれたって。技術が裏切らないのなら、僕のほうから技術を裏切りたい。何を言っているのか自分でさっぱりわからない。

 だから、「自信」と「勝算」と「技術」、この3つすべてを兼ね備えた人は、きっと僕とは気が合わない。近くにいるとお互い苛々してしまうだろう。僕は、世に蔓延る自信家どもの高々とした鼻は全員もれなく、なんらかの重工業機器にたまたま巻き込まれた勢いでシャウエッセンみたいな音を立ててへし折られ、泣き叫びながら昏倒して三日三晩生死の境をさまよったあげく、変形した鼻を心配されるどころかミケランジェロのエピソードのパクリ疑惑をかけられ炎上して地位も名誉も失い、毎日きっかり10人分ずつ自宅に届けられる注文した覚えのない特上江戸前寿しの代金を支払いながら、わさびじょうゆにまみれて緩やかに破産してゆけばいい、と結構本気で考えていたりするような人間だ、ぞ。お、お、怒らせるとこ、こわいんだ、ぞ。
 でも、その一方で、「根拠のない自信」や「根拠のない勝算」のある人は好きだ(根拠のない技術、は定義するのが難しすぎるので一旦わきに置く)。根拠がなければないほどいい。ただし、自分で自分の自信に根拠がないことを自覚していることが必須条件である。自分のやっていることは頭のてっぺんから足の爪まで全部ことごとく間違っているのかもしれない、でもやるしかない。僕はこの状態をよく「ひざが震えている」と呼んでいる。ひざが震えているくせに、逃げ出すって選択肢が眼中にない人が好きだ。ひざが震えていない表現者は、「確証」などという揺るぎないものの威を借りているようなアーティストは、基本的に信用できない。

 ここで平泳ぎ本店の登場である。
 平泳ぎ本店とは劇団の名前らしい。が、劇団なの?と尋ねれば、本店です、とはぐらかされる。だったら支店があるのかというと、そういうわけでもない。ふざけているのだろうか、いや、当人たちは極めて真面目で真剣で、真摯で、そして紳士である。会って二言三言話してみればすぐにわかる。

『こだわるのは、技術』

 そんなようなスローガンを平泳ぎ本店は掲げている。技術。信用ならぬ。しかし彼らは全員文学座の研修生だったという。技術を学んできている。それは事実として動かしがたいものがある。
 さて、たしかな「技術」を持つ者のことを僕は許せるのだろうか。仲良くやっていけるのだろうか。このうえ彼らが「自信」と「勝算」まで持ち合わせていたら、僕はスタッフのふりしてペンチを奴らの鼻っ柱に打ちつけるタイミングを見計らうことしかできないじゃないか。
 平泳ぎ本店は俳優にチケットノルマを課していない。これ自体は別に、ぜんぜん珍しいことじゃないし、特別褒め称えるようなことでもない。しかし、しかしだ。彼らはそのかわりに、ある方法で資金の調達を画策していた。

『賞金1000万円を公演予算として獲得するため、キングオブコントに出場』

 でた。自信だ。それも「根拠のない自信」。
 そもそも平泳ぎ本店はコントユニットでもないし、上演する作品もコメディではない。なんで出たんだ、と問われれば、賞金で芝居を打つため、と答える。おそらく考えつく中で最短のルートにして、現実味を鑑みれば誰も通ろうとしないコースアウトのけもの道。結果は1回戦で敗退というものだったらしいが、それにしても、それにしてもだ。自信に根拠がなさすぎて、ひざが震えすぎていて、たぶん、この先彼らが売れようが消えようが関係なしに語り継げる、鉄板のエピソードになるだろう。
 そしてもうひとつ、平泳ぎ本店が公演資金を得るために行なったのが、

『クラウドファンディング』

 おい、まだ旗揚げ前だぞ。誰が投資してくれるというんだ。
 と思っていたら、実際に245,000円(11月10日現在)という金額を集めてしまった。勝算である。しかも「根拠のない勝算」。演劇人というよりは青年実業家の発想である。このまま秒速で1億稼ぎはじめたりとか、しなければいいが。

 「根拠のない自信」「根拠のない勝算」そして「根拠のある技術」、この3つが揃ってしまった。そしてついさっき平泳ぎ本店のブログを覗いてみたら、こんなことまで書かれていた。

『また個人的にはNichecraftの辻本さんの小道具が特に楽しみです。』

 勝算だった。いつの間にか僕自身が勝算にされてしまっていた。こいつはどうやら罠に嵌められたようだ。
 というわけなので、いつもより多めにひざをガックガク震わせながら、いったい何をしでかしてやろうか、とニヤニヤ考え耽っている。

 ご予約はこちらにて。




ハンモック一番、カステラ二番、電話は君には教えない

ハンモックの上で夜を過ごすようになって、もうすぐ1週間が経つ。近ごろ暖かくなってきたとはいえ昼夜の寒暖差はまだまだ激しく、都心からやや離れた住宅地の一角に居を構えていることもあってか、夜になると猫(さすがに飼い猫だとは思うが)やヤマバト(こっちは野生)の鳴き声が窓を閉めきってい...